山陽新聞社
2009年 11月 21日
先日、山陽新聞社 東京支局に 伺ってまいりました。
岡山、東京 ミラノ そして今の東京で出会ってきた沢山の人々への想いを
お話しさせていただきました。こうして山陽新聞社の方々との出会いまでも
多くの方々の心温まる道案内、、が続いての偶然でない、、必然だ、と
今では感じています。
若かった頃 自分はどこへ流れていくのだろう、、
自ら切り開き漕いで行こうとしても 次々と目の前を閉ざされる現実に
別に人間はどこかに進んでいかなくても、金をつかんで生きていければいいさ、、
私一人、必要とされている訳でもない、、そんな数年を送りながら
故郷もどんどん遠く感じるようになっていました。
状況打破のための、、留学後も現実はなにひとつ変ってくれない、、
そんな私に目覚めるように仕向けた運命は大切な人の死、、をもって
私の頬を叩いたように、思えます。大切な人が残してくれた言葉は
子供の頃感じたシンプルな目的を、三十数年ねじれた紐を一瞬に
解き思い出させるものでした。
自ら閉じていた扉を開いて、、私欲のない子供の頃の目的のために
歩き出そうとすると、閉ざされてばかりいた、目の前が不思議なほど
一枚一枚扉が開かれる、、もちろん そこへといざない大小の関係なく
扉を指し示してくれる人達が必ずそこに現れてくれる。後は迷わず
その扉を私は開く、、そして歌を歌って喜んでいただく、、
人と出会い 扉を開いて、 そして歌を届ける そこに喜んでくれる人がいる、
シンプルな人生の目的を教えてくれた皆様に感謝しています。
本日の、山陽新聞の社説に取り上げていただきました。
何より、、このブログに集ってくれる皆様はじめ、、私の人生には
こんなに沢山の素敵な人達がいる、、それを記事から感じていただけて
そのひとりひとりに光が灯っているんだと、、また読んで下さっている
みなさまの人生にも素敵な人達が光を灯しているんだ、、ということを
叫びたい想いです。http://svr.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2009112109143855/
http://kdash.jp/profile/stage/taki/index.php滝 賢一郎
岡山、東京 ミラノ そして今の東京で出会ってきた沢山の人々への想いを
お話しさせていただきました。こうして山陽新聞社の方々との出会いまでも
多くの方々の心温まる道案内、、が続いての偶然でない、、必然だ、と
今では感じています。
若かった頃 自分はどこへ流れていくのだろう、、
自ら切り開き漕いで行こうとしても 次々と目の前を閉ざされる現実に
別に人間はどこかに進んでいかなくても、金をつかんで生きていければいいさ、、
私一人、必要とされている訳でもない、、そんな数年を送りながら
故郷もどんどん遠く感じるようになっていました。
状況打破のための、、留学後も現実はなにひとつ変ってくれない、、
そんな私に目覚めるように仕向けた運命は大切な人の死、、をもって
私の頬を叩いたように、思えます。大切な人が残してくれた言葉は
子供の頃感じたシンプルな目的を、三十数年ねじれた紐を一瞬に
解き思い出させるものでした。
自ら閉じていた扉を開いて、、私欲のない子供の頃の目的のために
歩き出そうとすると、閉ざされてばかりいた、目の前が不思議なほど
一枚一枚扉が開かれる、、もちろん そこへといざない大小の関係なく
扉を指し示してくれる人達が必ずそこに現れてくれる。後は迷わず
その扉を私は開く、、そして歌を歌って喜んでいただく、、
人と出会い 扉を開いて、 そして歌を届ける そこに喜んでくれる人がいる、
シンプルな人生の目的を教えてくれた皆様に感謝しています。
本日の、山陽新聞の社説に取り上げていただきました。
何より、、このブログに集ってくれる皆様はじめ、、私の人生には
こんなに沢山の素敵な人達がいる、、それを記事から感じていただけて
そのひとりひとりに光が灯っているんだと、、また読んで下さっている
みなさまの人生にも素敵な人達が光を灯しているんだ、、ということを
叫びたい想いです。http://svr.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2009112109143855/
http://kdash.jp/profile/stage/taki/index.php滝 賢一郎
# by kenichiro-otaki | 2009-11-21 11:30 | 音楽 | Trackback | Comments(4)





